FX投資をターゲットに
私は、ある日系銀行のロンドン法人で資金の運用を担当していた。
運用対象は株式だが、なかなか実績があがらないままに、年末になってしまっていた。
私にはひとつの期待があった。
最近、仕込んだある会社の株に、起死回生の夢を賭けていたのである。
私の調べたところでは、その会社は業績が急回復しており、近く収益の上方修正を行なうはずだった。
我が社は年末決算だから、時間がない。
何とか12月のうちに、この株で利益を出さねばならない。
うまくいくかどうか。
そんなことを思いながら歩いていて、ふと前を見るとお金が落ちていた。
まさか、と思ってよく見たが間違いない。
折り畳まれた20ポンド札が、道の端に落ちていた。
「ああ、天はまだおれを見捨てていない。
おれにもまだ、運が残っていたのだ」私は、無性に嬉しくなった。
これで資金運用の方も必ずうまくいくという気持ちになった。
私がよく金を拾う理由の予感は本物だった。
数日の内に、くだんの株は値上がりを始め、私は高値で売り抜けることを得た。
それも願い通りに、年度内に手仕舞うことができたのである。
「ああ、そう。
では、書留便で送ってください」お金の入った財布を送るのだから、書留にして欲しいのは分かるが、拾ってくれた人にお礼も言わず、いきなり書留にしてくれとは厚かましくないか。
思わずむっとして、「書留の料金は誰が出すのですか」私は、相手の要望通り、拾った財布を書留にして送ってやった。
書留代金は私が負担して、相手には、まるまる拾ったままの財布を返してやった。
その後、この男からは何の連絡も無い。
「財布を受け取った」とも「財布が着いた」とも言って来ない。
イギリス人の中には、時々この常識のない無礼な男がいる。
ともかく、あまりよくお金を拾うので、99年から2000年にかけて、1年間に拾った回数と金額を記録してみた。
驚くなかれ、なんと軽く百回を超えた。
3、4日に1回は、お金を拾ったことになる。
1日2回拾ったこともあった。
拾う金額は、20ポンドや十ポンドのお札の場合もあるが、ほとんどが1ポンド以下の硬貨だ。
中でも5ペンス硬貨を拾うことがもっとも多かった。
なぜ、そんなにお金が落ちているか推理すると、まず、イギリス人は小銭入れを持たないことがあげられる。
女性の財布には小銭を入れる部分があるが、男性用の大型の財布には、お札やクレジットカードを入れるところはあっても、小銭を入れておく場所がない。
私の財布もそうである。
小銭はポケットにしまうしかないが、何度も手を突っ込んだり出したりしているうちに落ちてしまうのだろう。
だから、とくにバス停の近くにはよく落ちている。
シティだけでなく、郊外の住宅地にもよくお金が落ちている。
やはり硬貨が中心だが、おもな落とし主は地元の牛乳屋だと、私はにらんでいる。
イギリスの牛乳屋は、昔からのスタイルを受け継いだ独特のもので、朝早くから、家々の戸口に牛乳を配達して歩くのである。
昔は馬車だったろうが、今は音の静かな電気自動車に乗って来る。
ひと目で牛乳屋と分かる車だ。
スーパーでは紙パック入りの牛乳も売っているが、牛乳屋は伝統的なガラス瓶に入った牛乳を配って回る。
利用する家庭は非常に多い。
牛乳屋は週に1回、各戸から集金して回る。
牛乳の値段は安い上に、回らなくてはならない家の数は多いから、牛乳屋も大変だ。
受け取った代金の硬貨をろくに確かめずに、大急ぎで次の家に走る。
この時にうっかり小銭を落とすのだ。
私の家も牛乳屋の配達を利用しているので、こうした牛乳屋の様子はいつもつぶさに見ている。
実際にお金を落とすところを目撃したわけではないが、私のこの推理は当たっていると思う。
ところで、シティでお金が落ちていても、意外に知らん顔をして通り過ぎる人が多い。
まあ、お札が落ちているなら別なのだろうが、落ちていることに気づいていても、5ペンスや十ペンスの小銭を拾う人はあまりいない。
金融マンの油券に関わるとでもいうのだろうか。
ある時、目の前に5ペンス硬貨が落ちていたので、「お、ラッキー」とばかりに私が拾ったら、一緒に歩いていた同僚から冷たい目で見られた。
私は平気だ。
どんなに小額でも、お金は大事にしなければならない。
いつの間にか、私の机の引出しは小銭で1杯になった。
硬貨が溜まり過ぎるのも困るので、私は時々郵便局に行き、自動販売機で切手を買うようにしている。
国内でもっともよく使う28ペンスの切手は、販売機に硬貨を入れれば買える。
販売機のつり銭がすぐになくなり、よく「EXACTCHANGE」のランプが点く。
「おつりは出ないので、切手の金額通りのお金を投入してください」という意味だ。
まったく融通の利かない販売機だが、イギリスではよくあることである。
だが、小銭をたくさん持っている私は、こういう時に絶対困らないのである。
最近はクリスマスカードが年々早く売り出される傾向にあり、10月になると、クリントンなどのカード専門店に、大量のクリスマスカードが並べられる。
私は、店頭で色とりどりのクリスマスカードを目にすると、「今年ももう終わりに近いなあ」という感慨と同時に、「今年も無事に越せそうだなあ」という安堵感を覚える。
後者については、少々説明が必要だ。
90年、日本株式のセールスマンとしてシティで働き始めた私は、東京勤務の時と違って、思うように伸びない自分の営業成績に悩んでいた。
何度もいうように、成績があがらなければ解雇されても文句は言えない。
仮借のないシティの徒だ。
その当時、私の契約にはいわゆる「3ヶ月通告」条件がついていた。
つまり、自分から辞職する場合も、会社側が解雇する場合も、3ヶ月前に通告しなければならない、という条項だ。
この「3ヶ月」の数字が、私の頭に染み込んでいた。
だから、10月になると、「ああ、今年も年越しだけは無事にできそうだなあ」とささやかな安堵を感じたものだ。
つまり、10月から数えて3ヶ月目は翌年の1月。
たとえ、不意に人事部に呼ばれ、「解雇」を通告されたとしても、社員の身分と給料は3ヶ月間保証されるから、正月を失業の身で迎えることだけは避けられるわけだ。
実際は、最初の1、2年はともかく、その後は人並みの営業成績をあげていたのだが、毎年10月になり、クリスマスカードが店頭に並ぶ頃になると、「今年も無事に越せるなあ」と思う癖がついてしまっていた。
イギリス人にとって(アメリカ人もそうだが)、クリスマスとは、12月24日のイブと25日のクリスマスデイだけではない。
12月から1月初めにかけては、「クリスマスホリディ」の季節であり、ほぼ一ヶ月間、浮き浮きした雰囲気で過ごすことになる。
日本の「年末」のあわただしさに似ているが、少し違う。
日本の「正月」とも異なる、独特のものである。
シティも、クリスマスの季節は華やいだ気分に包まれる。
オフィスビルのロビーにはそれぞれ、競うように大きなクリスマスツリーが飾られる。
翌年の1月初旬まで片付けられることはない。
個人の家庭においても同様だ。
私はアメリカでの駐在経験があるので慣れてはいるが、クリスマスのムードは20五日に終わり、ツリーはすっかり片付け、しかる後、正月に向かつてなだれこんでいく日本との違いに、着任したばかりの駐在員は大いに戸惑うようだ。
さて、イギリスのクリスマスは、ショッピングとパーティの季節でもある。
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